わたしが人を見るとき、複雑な色のグラデーションが見えている。
それは、「人の厚み」であるという話。
五感で感じたものがすべて色に見える「共感覚」というのを、わたしは持っている。
わたしの世界では、感覚情報はすべて色になって見えているのだ。
それは、人間とコミュニケーションをとるときにも例外ではない。
人を見るだけで、その人がもつ感覚や情報が、わたしのなかへ入り込んで、色になって見えてしまう。
わたしはその色から性格を分析してコミュニケーション材料のひとつにしていたのだが、
これが「面白い特性」とわかって、今では「深層アート」を描くまでに至った。
「深層アート」は油性色鉛筆(油性なのである程度のグラデーションを作り上げることができる、彩度が高い画材)で描いている。
「色」だけで見れば、これは非常に優秀な画材、描き方であり、わたしに見えている「色」そのままの色を再現できている。
しかしわたしに見えている「色」は、厳密には、質感や音を伴っている。
質感は表面的な表現
質感は「さらさら」「とろとろ」「ねばねば」「ざらざら」などその人それぞれに様々ある。
これを絵に落とし込むのはちょっと難しい。
なぜなら質感は、「表面上の手触り」なのだ。深層部分ではなく、あくまでも表面的な情報なのだ。
これを絵に描くとこうなる。
「ひとつの絵のかたち」としてはアリなのだが、わたしがモットーとする「その人の見たまんまの色を描いた」絵ではないのだ。
表面の質感はとてもよく表現できている、が、それだけでしかないのだ、悔しいことに。
わたしには色は、もっと折り重なって、厚みがあって、所々掠れたり、グラデーションになったりして見えているのだ。
目指すは「深層アート」を顕微鏡で見たようにもっと細かく描くこと。
しばらくこの「質感」の表現方法にあれこれ悩んでいたが、解決策が思い浮かばないので、他の策へシフトチェンジすることにした。
質感のように一点をピックアップすることでなにか分かるかも?と思い、今度は「人間の音」に注目してみることにした。
人間から聞こえてくる色
わたしには、人から音やメロディーが聞こえてくる。
初めてこれを話したとき、とても驚かれたのは記憶に新しい。
どうやら一般的には、人から音楽が聞こえてはこないらしいのだ。
どうして聞こえないのだろう?と首を傾るほど、わたしは不思議だった。
だって、生き物は呼吸しているから、少なからず吐息の音は漏れている。
それに足音や、体の重みで少しだけ地面が揺れるし、その振動が壁に反響する。
なにか仕事をすれば、仕草のスピードによってその人のテンポ(BPM)がある。
忍者かフクロウでもない限り、音は聞こえるはずだ。
かと言って、わたしの場合は、そういった生活音を聞いているわけではない……はずだ。
たとえば初対面で人にお会いしたときにも、すでに音楽が流れ込んでくるのだから。
その人の息遣いや振動が分かっているわけではない。(いや?わかっているのか? うーん、どちらが先かはわからない)
はっきりと音楽になっている人もいれば、効果音的な音・鈴などの楽器の音でメロディーがない人もいる。
わたしとしては、がちゃがちゃロックンロールの人の傍にはうるさくて居られないので(とても素敵なロックもあるけど)、
どちらかといえば、静かなクラシックやジャズが流れる人と一緒に居たいと思う。
そのくらい、「人から聞こえる音」というのはわたしにとって重要な要素なのだ。
「音」が「色」に見える
で、ここからが本題でありややこしい話であるが、わたしは「音」が「色」に見える。
つまり、人から聞こえる「音」は、最終的にすべて色に変換される。
(そもそも白黒の五線譜がカラフルに見えているのだ)
(※「深層アート」の色と、音の情報からくる色が、別物かどうかはまだよくわからない、考察段階なのでここではひとまず置いとく)
研究の一環として、ひとまず既存の音楽を聞いて絵を描いてみたのがこれらである。
わたしの好きな音楽を描いてみた。
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『交響曲第7番「未完成」』深音アート・油性色鉛筆画¥44,000 (税込)
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『交響曲第9番「新世界より」』深音アート・油性色鉛筆画¥44,000 (税込)
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『レントより遅く』深音アート・油絵¥110,000 (税込)
これらの絵は、キャンバスにアクリル絵の具で描いた絵だ。
画像からでも「深層アート」と違って、色にボカシや厚みがあるのが、お分かりいただけるだろうか。
つまり線がくっきり、はっきりしていない。複雑に色が重なっている描き方だ。
音は、音がどんどん重なって、メロディーや伴奏を作っていく。
わたしに見えている色としては、たとえば、単一の「ド(C)」が赤色なのだが、これが和音になり「ドミソ(Cメジャー)」になると赤・オレンジ・青となるのだ。
和音だけでも複雑だが、さらに一曲の音楽になればもっと複雑である。
次々と色が変わっていって、光ったり、掠れたり、輪っかを作ったり、グラデーションになったりする。
その色の移ろいは、二次元ではない、三次元的なのだ。
曲の始まりから一層目、二層目、三層目……という具合に、どんどん音(色)は重なっていく。
下になった音(色)は下地になるわけではなくて、あとに重なる音(色)の影響によって、他の層の色と一部が混ざったり、混ざらずに上へ浮き出たりする。
なにが言いたいかというと、音(色)は生き物のように動くのだ、その音楽(キャンバス)のなかで。
少しスピリチュアル的にわたしの観点から物申せば、
何の気なしに聞いている音楽は、耳から入った音が色になって、わたしたちの身体の内側のキャンバスに蓄積されて、自由に動き回っている、ということになる。
だから音楽を聞いたら元気になったり、悲しくなったり、なにかが込み上げてくる感じがするのではと思う。
人間の深さを描きたい
話を戻して、キャンバスにアクリル絵の具、という組み合わせは「音の重なり=色の深み」を出すのにとてもとてもよかった。
この描き方を応用して、「人間から聞こえてくる音楽」も描くことができるだろう。
これを「深音アート」と名付けた。
わたしには人間の奥の奥の深い所の色がわかる。
つまり深層心理だ。それに悩んでいる人や、それが知りたい、純粋にヒントがほしいという人も多い。
絶対音感があってもその音を正確に発声したり演奏できないわたしにとって、音→色という表現方法しかない。
しかし絵のほうがかえって皆さんにもわかりやすいのではないかと思う。
しいて難点を挙げるとすれば、これはまったく抽象的であるということだ。
具体的ヒントがほしいなら「深層アート」のほうが優れている。
しかし心とか、深層心理というものは得てして抽象的なのかもしれない。
わざわざ言語化するのが野暮というものである。
「人間の厚み」は、カテゴライズされた言語ではない。
感じるもの、なのだろう。
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